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2013/06/27

2013-06-27:エダワカレジョウズ


うちのイカリソウは、天狗高原のむこうの大野原からやってきた。
父の知り合いのヤマモトさんのところから。
そのイカリソウについてきたのがこの花。
「なんやらわからんけど、せっかくついてきたし、
かわいいし、ま、うちにおってもええかなと思って」とは父の言。

枝分かれの法則の教材にできそうにキレイなパターン。
その先につく小さな白い花。
集中して見てみるといわゆる小花柄がリアルにそこにある。
もしも名前がわかるなら、どなたかぜひ教えてください。

2013/06/17

2013-06-16:ヒメユリ

我ながら「雑やなぁ」と思ってしまうところが、
「ユリ」と聞くと、そのものを見る前にまず「やめとこ」と思ってしまうこと。
そこまで思う所以もないと思うのだけど、
同じカタチやし、とか、大きいか小さいかの違いでしかないし、とか、
どこにでもあるし、なのにみんなもてはやしすぎやわ、
などと難癖をつけてパタリとドアを閉めてしまうクセがある。
条件反射なので、これはもうどうしようもないことなのかもしれない。
だから順を逆にすると、つまり、
見た後に名前を聞いて「ユリ」だとわかると感激することがときどきある。

ヒメユリは、うちの庭で最近咲いている。
本当に無学でどうしようもなく恥ずかしいけれど、
ヒメユリだと認識して見るのは初めて。
今まで、この花はいったい何かを知らないままに
まっすぐに天を見ている様子がいいなぁと思って見ていた。
周囲にたくさんある緑とは真逆の色相の朱色。
小振りで潔く、スクッと背を伸ばして小柄ながらに堂々としている。
首をかしげて媚びているのがユリだと勝手に思ってきたので、
この花はなんだろう、と密かに思っていたのだった。

朝、「ヒメユリを撮った」と父に言われてガッカリしたのが、
名前がわかってスッとした。
そうか、ユリか。


2013/06/14

2013-06-14:カキラン


「カキランが咲いたで」との姉の発信。
これに父が「知っちゅう。咲いたね」と応答。
それを聞いてワタシも探していたけど、
いつものところにあるはずのカキランが見当たらない。
今朝、父はカメラ越しにカキランを見つめて、
「いつものところにはなかったろう」とニヤリとした。
土や草にまぎれて目立たず地味だが、見つければ、
その特異な色彩と整った姿カタチに、ココロが動かされる。
みんな、カキランのことが好きだから、
カキランが花を開くととてもうれしそうに報告し合っている。
なんてゆるりとしているのだろう。

ワタシにとっては、この庭で見たのが初めてだった。
一昨年前に、姉の、カキランの思い出を聞いて、
それをここに記録してある。
「だれも知らない、わたしは知っている」というのは
人間関係で言えば裏を探りたくなる狂気的な言葉だけど、
こと植物なんかにおいては、ココロを満たすささやかな喜びとなる。
カキランについて、改めてインターネットで調べてみると、
学術的なことばかりのサイトか(余裕のあるときに見ようと思う)、
ほんのちょっとの情報しかないページたちにまぎれて、
個人的なブログやらなんかには、やはり同じように
「小さくて目立たない地味な花、なのに見つけたときの喜び」
みたいなことがよく書かれてあった。

柿渋色の服は、着ている本人が思うよりも派手ではない。
和服なんかでも思うことだけど、
庶民的で地味ながら、意外と美しく見えることが多い。
カキランはちょうどそんな感じ。
ショウブなどといっしょに群生していることもあるようで、
濃い群青の中に柿渋色がさしている様子は
地味な色合いながらに美しいだろうなぁ。

--

ちなみに、カキランにはアリがよく侵入する。
アリは蜜を盗むものの、カラダが小さすぎて花粉を運ぶことはできない。
カキランの種子は、胚と種皮からなり、水を吸って外に出る。
さらに膨らんで仮根を出し、仮根からラン菌を取り込み、
ラン菌によって糖類やアミノ酸、植物ホルモンを供給されて
やっと生育できるそう。
ラン菌を取り込むことのできる種子は少ないため、
種子は大量につくられるとのこと。

2013/06/13

2013-06-13:ササユリ

ここ数日ほど、毎日くらいに父から「ユリはどうや」と聞かれていた。
写真撮ったよ、気付いてる?、と言いたいらしい。
ほっておけば忘れるだろうと思っていたけど、どうやらそうもいかず、
一昨日には「ユリも撮ったけど」となり、
昨日には「ユリは採用してくれないの?」に変わっていた。
きっと旬は今なのでしょう。
白状すると、昨日の記録には一瞬「テッポウユリ」と記したところ、
その記録を見た父から「あれはササユリなが」と苦笑されました。
やり取りを見ていた姉にも呆れた顔で笑われてしまいました。

自分を擁護するようだけど、「ユリ」とはラッパ型の花を持つ植物の総称。
世界中にたくさんの品種があり、中でも日本と中国はユリの宝庫。
かつて、江戸末期にシーボルトが欧米に紹介し
持ち帰った日本のユリの球根はかなり人気があって、高値で取引されたらしい。
ちなみに、「百合」の由来は、
細い茎についた大きな花が風に揺れている様子から。
「ゆる(揺)」が変化して「ゆり」となり、
さらに葉や鱗形が複数重なることから「百合」の字が当てられたとのこと。

そんな広いユリの世界においても「ササユリ」は人気のある品種。
「育てようとしてもなかなか育たんし、でも、うちにはなぜか居着いた」と
父はちょっと自慢そうに、猫背をシャンとさせて言っていた。
ササユリの名の由来は、葉や茎やらが笹と似ていることから。
花言葉は清浄、上品。

2013/06/10

2013-06-10:アカショウマ

いつものように、「ショウマ」を調べてみると、
サラシナショウマ、アカショウマ、トリアシショウマなど、
いろいろと種類があることを初めて知った。
キンポウゲ科にユキノシタ科、他にバラ科と、所属もさまざま。
根を漢方「升麻」として使うサラシナショウマが基本で
花序が似ているものを総称として「ショウマ」と言うそうらしい。
(大元になっているサラシナショウマは
他と少し全体像が違うように見えるけど)
どれも見分けがつきにくい、といろんなサイトで書かれてありました。
根茎が赤いものは「アカショウマ」らしいので、
うちの庭にあるものはきっとアカショウマでしょう。
ちなみに、アカショウマはユキノシタ科チダケサシ属。

ショウマは、うちの庭の小道にスッと立っています。
このくらいの時期から、なんとなく存在感を醸し始め、
白くて小さな花をうれしそうに頭に散りばめています。

2013/06/08

2013-06-08:オダマキ


10年以上も前まで、うちは薬局と商店を兼ねたような店で、
まだワタシが子どもだったころは、
店は資生堂のショップのようなこともしていた。
化粧品を置いてある一角には大きな鏡があり、
つまり、そこがサンプルを試すスペース、
アイシャドウや口紅、頬紅など、色とりどりのパレットがそこにはある。
ワタシは、パレットのある引き出しを
こっそりと開いて眺めているのが好きだった。
触ることはためらわれ、ただ、距離をおいて眺めるだけだった。
その裏のスペースには、季節ごとのポスターや広報、『花椿』。
全て、ただただ、美しく、自分とは遠くにあるものに思えて憧れた。

オダマキから随分離れてしまった。
まだ幼ないころの勝手なイメージの中で覚えていることだから
以下、正確ではないかもしれない。
あるポスターに「う、ふ、ふ、ふ。」とあって、
キレイな女の人がいたずらっぽくニッコリ笑っていた。
資生堂の新商品のポスター。
オダマキというよりも、この写真が、その雰囲気を思い出させる。

オダマキの顎も花弁ものびてきた。
街灯のように首を垂れ、そろそろ色がつくのを待っている。

2013/06/05

2013-06-05:ヤブコウジ





じゅげむ  じゅげむ
ごこうのすりきれ
かいじゃりすいぎょの  すいぎょうまつ
うんらいまつ  ふうらいまつ
くうねるところに  すむところ
やぶらこうじの  やぶこうじ
パイポパイポ
パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
ちょうきゅうめいの  ちょうすけ
※寿限無(Wikipediaよりコピペ)

この「やぶらこうじのやぶこうじ」は、

意味としては、一説には「ヤブコウジ」を指していると言われている。
ご存じ、落語『寿限無』より。
縁起のいい名を考えていたら日本一長い名前になったというハナシで、
つまりここで、ヤブコウジは生命力の豊かな縁起のいい植物として扱われている。

通常、照葉樹林にて育つヤブコウジは、

「日に向かって少し背伸びをしたところで、そうやすやすと光はもらえないから」
というような理由からほとんど茎は伸ばさず、
その代わりに光が差し込んでくる場所を探して地にじわりと這って生き、
光がしっかりと差し込んでくる日を待っている。
葉の時期は長く、何年も同じ葉をつけるそうだし、
実も長い間つけているそうで、その辺りが「縁起の良さ」に通じたのだろう。

ワタシにとっては、この小さく地を這って育っているのがかわいく、

葉の表面のツヤも色もいやらしくなく、ちょうどよいように感じられた。
「撮って」というと「花はまだやで」と返ってきたのを
今日は無理やりに撮ってもらった。

葉の下には今にも咲きそうなツボミが並んでいる。

こうして見ると、ツボミのカタチといい色といい、
焼き物のように静かな様子なんだなぁ。


ちなみに、冒頭の寿限無を漢字で表記すると以下のようになる。

寿限無  寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の水行末
雲来末  風来末
食う寝る処に  住む処
藪ら柑子の  藪柑子
パイポパイポ
パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の  長助
※寿限無(Wikipediaよりコピペ)

2013/06/02

2013-06-02:ヤマアジサイ


こないだの木曜日の夕方のこと。
小学校の前の花壇に咲いてあるのを指差して、
「咲いちゅうが、知っちょった?」とおもむろに言う甥。
そこのアジサイには少しマゼンタが混じっている。
ヤマアジサイで、手入れの割にキレイだと思った。
「アジサイ」にピントを合わせて周囲を見てみると、
緑の葉たちの中に、赤紫や群青の、花の鞠がいくつも見える。
こないだ5月になったばかりだと思っていたので、
「もう6月か」と少し気が焦る。

アジサイの花の色は、
土が酸性なのかアルカリ性なのかで変わるというのは
あまりに有名なハナシ。
ちなみに酸性では青、アルカリ性では赤で、
土中のアルミニウムが溶け出して
根から吸収されやすくなるかどうかがモンダイだとか。
酸性なら溶けるし、アルカリ性なら溶けない。
吸収されたアルミニウムイオンは色素に作用し、青い色を発現する。
これは化学のハナシだ。

これから長く続く雨とアジサイの日々。
嫌いではないのだ。

2013/06/01

2013-06-01:マメ科アナタハダレデスカ

「ねぇ、ねぇ、このマメ科は何?」と聞くと、「わからない」と言われた。
「だって、植えたワケじゃないもん。勝手に生えてたんだもん」とのこと。
うちには、植えたものにも、勝手に飛来したものにも、わからない植物が多い。
父や姉に聞けば何でもわかると思っていたのに、
「わからない」という返事は意外に多くてびっくりする。
というか、その種類の多様さに。

このマメ科のアナタハダレデスカ、は、木陰の、
ツルやら何かやらが群生して生きている辺りにヒョロリと伸びてきた。
そんなヨソ者なのに、上品な薄紫の小さな花弁。
べっぴんさん、だ。



2012/06/26

2012-6-25:ショウマ(トリアシショウマ)

前回の掲載から、25日間が経過。
うちの庭は、ますます、白い花真っ盛り。
梅雨の中、生き生きと、白さを増して咲いている。
このころ、ひときわ白く勢いのあるのが、ショウマだ。
ユキノシタ科 トリアシショウマ


















普通、私たちは、「ショウマ」とだけ言っているが、
「ショウマ」にはいろいろあって、キンポウゲ科のサラシナショウマ
バラ科のヤマブキショウマ、そしてうちの庭にあるユキノシタ科の
トリアシショウマ。いずれも花序は似ており、小さな花が集まって、
目立つ花になる。似たような花があれば「ショウマ」と
言っていれば間違いないようだ。


調べてみると、新芽は湯がいて食べると、美味しいそうだ。
山菜好きな私としたことか、不覚にも知らなかった。
来年は、新芽を食してみたい。

ところで、前回記した「ヤマボウシ」25日前には黄緑かかっていたが
今は真っ白。木の周りぐるりと、際立たせるように、咲いている。
1か月前にも「花盛り」と思ったが、今はもっと「花盛り」と思ってしまう
くらい白い花がくっきりと美しい。


2011/06/30

2011-06-30:バラ(総称)

バラは西洋のものという印象が強いですが、
古くは『万葉集』にて

みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆の
からまる君をはかれか行かむ

と読まれ(茨・うまら=バラ)、
また江戸時代にも与謝蕪村が

愁いつつ岡にのぼれば花いばら

と歌にし、
近代では宮沢賢治や北原白秋にも愛されたそう。
あるいは、最近では福岡伸一博士の著作にも、
青いバラの花の話は(生物学的な話として)登場しています。

“西洋”といっしょにイメージされるのは
『ヴィーナスの誕生』や、またはエリザベス一世だとか。
おとぎ話の中でなら、私なら真っ先に
『ふしぎの国のアリス』を思い出します。
ドレープにレース、アールデコ、香水に宮殿…。
ほぅっと、遠く遥か届かないきらびやかな世界です。
そんなことから、私は日本人なんだと確認できてしまうのも
ちょっとおかしな話ですね。


牧野植物園にもたくさんのバラがあります。
初めて“バラ”ということを意識して見たときに、
「誰にでもわかる花なんでしょ…」と軽く舌打ちしたのですが、
たくさんの種類があって、それぞれがとてもいい。
色も香りもたくさんあって、カタチも、花弁の数も様々。
「たっぷり」といった表現が適切でしょう。
それらがアーチを作っているのですが、
たくさんのふくよかなドレスに囲まれたようで
うれしいため息が漏れてしまいました。


うちに来たのは数年前のことでしょうか。
何かのお祝いにと、母がもらってきたバラを
庭に植えていたら、勝手に育っていました。
本当は、父も姉も、バラを植えたくなかったのです。
ついこないだも、「ほら、うちの庭にそぐわない」なんて
姉は言っていたのですが、咲いてみるとやっぱりかわいい。
控え目な葉っぱも、他の山野草に自然に混じっています。

ブルドッグのようなこのバラは何と言うのでしょう。
ちょうど昨日、姉が「◎×△□バラって名前」と教えてくれたのですが、
一晩たつと忘れてしまいました。
姉が帰ってきたら、また聞いてみるとします。

これもまた、別の品種です。
濃すぎない朱色、小振りの葉っぱがまたいいですね。
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追記

終わってしまいました。
散ってしまった跡も
“いとをかし”か。

2011/06/29

2011-06-29:ノギク


広く言うと「ノギク」ですが、
そこからさらに、「ヨメナ」に「ユウガギク」「ノジギク」
「ミヤマヨメナ」「リュウノウギク」など…と細かく分類されています。
カタチから、なんとなく「ヨメナ」か「ユウガギク」だと思うのですが、
はっきりと確信を持って言えません。
たくさんあって、全部違うようにも思えます。
迷うところです。

今はまだ4つか5つしか花をつけていませんが、
これらを先駆者として、そろそろ花でいっぱいになるそう。
たくさん咲く日をまだかまだかと待っています。

今回のこのメイン写真は父ではなく私が撮りました。
(通常は父の写真なのですが)
ソロでデビューしたてのようなイメージ。
彼女たちはアイドル並みに愛らしい。
歌を歌っているけれど、見た目も歌自体もおぼつかない。
後ろにはコーラス隊がいて、アイドルの後押しをしています。
アイドルと言っても今のAKBなどとはちょっと違う。
できれば『スター誕生』などを経てスポットライトを浴びさせたい。
カメラの前ではにかんでほしい。

ノギクとは、野生の植物でキクに似ているものを指すそうです。
(キクの野生種は存在しないそうです)
キク科はキク科で正しく、花びらのように見えるもの一つひとつが“花”で、
さらにそれらの集合が私たちの目に“花”として映るのです。

ということは、聖子ちゃんと言うよりもAKB?
それか、“松田聖子”という集合体が花に見えるとするなら、
そこに集合しているのは、マネージャーやメイクさん、
作曲や作詞などなど、ということになるのかしら。
…ということを妄想しながら、ここまでといたしましょう。

父撮影。撮ったのは2〜3日前なのに、まだ梅雨の最中のような感じ。
もしこれが「ヨメナ」なら、若芽(春)におひたしなど楽しめるんですが。

2011/06/27

2011-06-27:ヒメユリ


















数日前のことでしょうか。
ヒメユリが開いた日に、ばあちゃんが、
「ヒメユリが咲いちゅうねぇ」とうれしそうに言っていました。
ばあちゃんの部屋から、ヒメユリは軽々と観賞できます。
父も「今日、ヒメユリが咲いちゅう」と
喜び勇んで写真を撮っていました。
どうやらうちの家族はみんな、ヒメユリが好きなようです。
でも、どんなにキレイに写っていたとしても、写真だけを見ると、
華々しく着飾っているように思えるパッションなオレンジ。
(ヒメユリのオレンジ具合には、かなりドキッとさせられてしまいます)
この派手な色だけを見て
「なんだか苦手だなぁ」と決めてしまっていました。

でも、実際に見てみると、
その可憐さからの「ヒメユリ」という名に頷いたのでした。
ひとつの茎に対して花は2〜3花咲き、
星を象るように規則的に開いています。
ひとつの花の直径は30〜40mm程度(に見える)で
思っていたよりもふたまわりは小さい。
それが軽やかに、懸命に上を向いているのです。
どうやらみんな、この姿にキュンとしていたようです。
よくも知らずに「あんな派手な色をして…」と
見た目で判断していたことを反省したのでした。

それにしても、こんなにもハッとさせられる色なのは、
他の草花の中でもより目立つためなのでしょうか。
花言葉は「可憐な愛情」「誇り」「強いから美しい」と。
沖縄の「ヒメユリの塔」も、あぁ、という感じがします。

2011/06/25

2011-06-25:カキラン

柿の実の色に似た色は「柿色」。
コトバの響きから、
どこかの地方で言われている色名のように感じていましたが、
歌舞伎の世界で使われているのも「柿色」のようで、
どうやら色名は全国共通、ということらしい。
橙色と混同しそうですが、橙色よりももっと紅い。
熟れた柿の色、と言うべきでしょう。
目分量で見て柿色だからと付けられたこの花の名は
もしも現代のようにどれがどの配分の色かメジャーで測るようにして見ると、
「カキラン」ではなく「ダイダイラン」だったかもしれません。

どうしてこんな話から始まったかというと、
母が「カキランの“柿色”って全国共通なの?」と聞いたからです。
でも、そう思って見ていると、
カキランの色は土の上、葉や茎の間など、
自然の色の中に溶け込んで意外と目立たないものなんですね。
同じオレンジの色目でも少し赤味が強くなるだけで
ヒメユリなんかはパアッと華やかだなぁと。
ま、それは、咲き方やカタチ、大きさによるところも大きいのでしょうが。

花の中をじいっと見てみると、唇弁の内側に紫の斑紋が。
こうすると、生き物のナマナマしい感じが伝わります。

姉は中学生のころに学校へ向かう坂道の途中で
咲いている柿色の花に気がついたそうで、
それがとてもうれしかったらしい。
学校に行く途中のささやかな喜びだったのでしょう。
でも、誰も、この目立たず、背の低い花に気づかない。
それで、その坂道の脇には、未だ変わらずカキランが咲いています。
姉にカキランのどこを好きなのか聞いても
「かわいいでしょ」というようなボンヤリとした返答しかありません。
なんとなく「誰も気づかない、私だけが知っている」という想いも
この花を好きだと思う理由なんじゃないかと、深読みしてしまうのです。

2011/06/24

2011-06-24:キキョウソウ

帰化植物のキキョウソウでした。
北アメリカからやってきたらしい。
それに対して「なーんかいけ好かん」と言っているのは姉。
馴染みの草花(=田舎者)の中に、
都会者が紛れ込んでいるようでどうも鼻につくらしい。

だいたい、外来種は、繁殖力が旺盛なイメージが強すぎるのです。
キキョウソウもそのイメージに違わず。
キキョウソウの場合は、確実に子孫を残す方法と、
より強い個体を残す方法の2通りをやってのけるそうで。
後者の役割は開放花(咲く花)、
前者は開放花の下にある閉鎖花(咲かない花)が担っています。
(この写真では閉鎖花は確認できないのですが)
つまり、まず、閉鎖花で自家受粉をし、子孫を確実に蓄えてから
開放花にて昆虫などを媒介し、他の個体と交わる、と。
どうやらキキョウ科は全てそういうふうにできているようですが。
実が熟すとがく片に楕円形の窓が開いて種子をこぼします。
花の咲かない時期は茎だけになってじっと時を待っています。
子孫繁栄への執念をひしひしと感じます。

帰化植物と言えば、文明開化の時期に緩衝材として
荷物の間に詰められたことをきっかけに帰化した
シロツメクサ、アカツメクサもあります。
(詰め草、ということなのですね)
ここで生きよう・生きなければ、の決意も半端じゃなかったでしょう。
思えば、当時は長い船旅で、しかもかなりの悪環境で、
生き延びていたものがあるなんて奇跡にも近い。
その数少ない奇跡の命が生きながらえ、ここに根付いた証とも言える。

1930年代に日本で確認され、キキョウに似ているからと
そこになぞらえて名付けられたキキョウソウ(別名:ダンダンギキョウ)。
ムラサキの小振りな花も、そう思えば控え目に映ります。
「なーんかいけ好かん」と言いながら
姉はそれでも「うふうふ。かわいいよね」と
うれしそうに愛でているようです。

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追記

私はこのオレンジすぎるのがどうもニガテですが、
みんながうれしそうなので。

2011/06/23

2011-06-23:カワラナデシコ

























縁が細かく切れ込んだ花弁が可憐に見えるのですが、
土の下ではいかつく縄張りを広げております。
うちの庭では、むしろきちんと抜いてやらないと
どんどんどんどん庭が浸食されそうな状態です。
ま、裏番長(死語?)といったとこ。
これが本当に絶滅危惧種だとは、なかなか思いにくいのですが…。
(地域によってはそうらしい)

ナデシコは、人間との関係が密接なのだそうです。
草刈りや枝打ちなどで広がり、
日当りのよくなったところに伸びやすくて、
自然とともに生きる里山の生活の場の中でよく見られます。
きっと人間との関係が密接な野の草花や木々は他にもあるはずで、
そういうふうに考えると、人間の営みだって卑下する必要はないのでしょう。
「草刈り」「枝打ち」だって、バランスよく植物が生きていく上で
役に立っている部分も大いにあるんですから。
ともに生きる、といった発想があればこそ、ですね。
だから、絶滅危惧種に登録されているということは、
それだけまた、私たちの生活の環境や方法が変わっているということ。
いいか悪いかは、ここでは置いておきます。

ナデシコは、ススキやキキョウ、オミナエシとともに秋の七草としても。
つまり、観賞用として利用されてきたということです。
そういえば、清少納言もナデシコを引き合いに出していますね。

草の花は 撫子(までしこ)、唐のはさらなり、大和のも、いとめでたし。女郎花。桔梗。朝顔。刈萱(かるかや)。菊。壺すみれ。  ※『枕草子』(清少納言)

ちなみに花言葉は「大胆・熱愛・純愛」だそうです。
撫子とは、「撫で撫でしたいほどかわいい子」という意味。
みなさん、このかわいい顔に注目するんですね。

2011/06/21

2011-06-21:ミヤマオダマキ

























「オダマキ」と言います。人の名前みたいです。
漢字では「苧環」と書きます。
機織りの糸を巻く道具のカタチに似ていたことから
こう呼ばれているようです。
静御前の歌にも名前が登場していました。

しづやしづ  賎(しづ)のおだまき  繰り返し
昔を今に  なすよしもがな

この歌では「道具」のほうのオダマキを意味しています。
でも、源義経を偲んでいる儚げな様子が花の印象と合っている。
色は紫やピンクなどいろいろとあるようですが、
私は、家にあるこの白い花が哀しみを堪えているようで
最も魅力的に見えるんじゃないかなと思っています。
見えている花びらのようなものは萼。
実際の花弁はこの内部にまとまって存在しているようです。

花言葉は、西洋のオダマキからきていて
「勝利への決意」「断固として勝つ」と。
西洋のオダマキは写真のミヤマオダマキとは違って上向きだから、
受け取る印象も全然違って、強くたくましいものになるのでしょう。
だから、花言葉とは全然違っている…とは理解はするのですが、
一方で、この憂いをたくわえた美しい花の顔の裏に
したたかな演技力を盗み見し、もしくは見抜いたような気がして
シメシメ…とうれしくなります。
ちなみに、高山の山野草の中でも育てやすい植物だそうですから、
余計に女の強さが証明されているように思えます。

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追記

濡れたアジサイの花の色が鮮やか。
そして、ヤマアジサイも
これだけ群生すると立派ですね。
父はせっせせっせと写真を撮っています。
華やかですね。

2011/06/17

2011-06-17:ウチョウラン

























庭に植物を植え始めたころ、
姉は一生懸命にそれぞれの植物に立て札を立てていました。
甥もそろそろ庭で遊び始めていたので、
せっかく植えた植物を引き抜かれないように、
ということも目的にはあったよう。
そんな姉の希望通り、というか、
甥は、立て札のある植物に興味を持ち、
むしろ、立て札の立ててある植物を抜きまくったとのこと。

ウチョウランを植えてあるところにも立て札が。
いや、正確に言うと、「植えてあるところ」ではなく、
「植えてあったと思われるところ」に。
生長して花を開かせたものは、
だいたい、立て札から1mほどは離れたところにあり、
「うーん、種が滑っていったのかねぇ」と
姉は、苦しい言い訳をしています。
それにしても、立て札があろうがあるまいが、
ハイセンスなカラーリングは人の目を引くことに違いなく。

中でも、上の写真の花は、白と赤紫の配色が美しいのです。
赤紫の見える分量が多い正面よりも、
白の分量が多い横顔がいい。
庭の通り道に向かって
正面でなく写真の向きで横向きに立っているのも、
写真映りを気にしてのことか、と思わせます。









上のような2色の花の他、
白やスミレ色の1色のものも。
1色だと清楚に見える。


昭和40年代は
「ウチョウランブーム」といわれるほど
栽培収集が加熱気味だったよう。
その流れを受けて、
野生の品種は希少だそうで。


とにかく、どのウチョウランも、
立て札の立ったところから“滑った”ところで生きています。
その場所を選んだのは「たまたま」なんでしょうが。

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追記

木々に隠れて、
これまた知らない花が咲きました。
誰か知っている人がいたら、
教えてもらえるとうれしいです。
(どこででも見かける花なのですが)

2011/06/16

2011-06-16:ササユリ

 

正直なところ、見た目ですぐに「キレイ」とわかるものに、
私はそんなに関心を寄せてはいませんでした。
パッと華やかなのですが、
みんなが同じように「キレイな」と思うだろうと思うと、
もう少し他のものを探してみようか、とカラダが自然と避けてしまう。
小さく生えた葉や茎や、妙なカタチをした実や花など
人の注目をなかなか集めないもののほうが、
地道でサボッていない、というような印象で、心を動かされるのです。


おとつい、ササユリの花が開きました。
(写真はおとつい撮られたものです)
じっとササユリを見てみると、
アリと、バッタの幼生のような虫など、
匂いに誘われてやってきたものたちが
くっついていました。
彼らの向かう先には、つやのあるめしべに、
こぼれるほどたっぷりと花粉をつけたおしべ。
その様子は、こちらが思っていた
ユリの華麗なイメージを1歩奥へ進めるものでした。


ユリの花は単に「キレイ」というよりも、
何か他の生き物を、惹き付ける力があるのだろうと
思い直しているところです。
それは彼女が生きる上でとても大切なことに分類されるのでしょう。
そういえば、子どもの頃、家に飾られたユリを、
姉が一生懸命に受粉させていた姿を思い出します。
誰もが「キレイ」と認めることにもまた、理由があるんですね。

このササユリは、うちの山からやってきました。
大きくて華やかな顔は、
今、雨に降られてうれしそうにユラユラと揺れています。
この「ユラユラ揺れる」様が
名前の由来(揺り)だとする説が強いそうです。

2011/06/15

2011-06-15:オウレン


















今見えている茶色いのはオウレンの種。
華やかではないですが、
シンプルなシンボルマークのような
形の規則性と小ぶりな具合がいい。
父はこれをまたどこかに植えるべく(?)
せっせと種を収穫して乾燥させておりました。
オウレンは、葉っぱもカタチがいいのです。
(葉っぱはうまく見えていませんが)
ちなみに、牧野植物園のシンボルである
バイカオウレンの場合は、
梅の花のように5つの葉をつけています。
これは、牧野博士のお気に入りだったそう。

かつて、うちでは薬草の栽培や販売の
中継ぎをしていたことがありました。
今もその薬草たちは残っていて、
このオウレンも、山に生きていたものを移植したもの。
地下を斜めにはっている根茎は黄連とよばれ、
健胃、整腸薬などで使われるとのことです。
「オウレン」とは、漢方薬に使われる「黄連」で、
これは、根茎の色と形状を模したものが由来になっています。

3月ごろには、小柄な白い花が咲いていました。
花や実をつける茎は、
地面近くで広がる葉と違ってすっくと立ってます。
その高さの違いは10〜15cmほどでしょうか。
地下で広がっている根の直上にて
光合成を行いながら湿気を保とうとする葉と、
昆虫を受粉に誘うため(雄と雌の株が違っているのです)、
できるだけ高い位置で目立とうとする花。
それぞれの役割を全うするために作られた
オウレンの2階層構造です。
他の植物でも見られる構造ですが、
オウレンのは他のより高低差が大きい気がします。
だからすぐに発見できてしまいます。